『住宅喪失』

住宅喪失 (ちくま新書)

住宅喪失 (ちくま新書)

持ち家派がトクか賃貸派がトクか、ひと昔前には、そんな議論をよく目にした。右肩上がりの土地神話は崩壊したため、無条件に所有に執着する必然性は、理屈の上では無い。しかし住宅は人が生きるための基本的な資源であるので、何者にも譲れない固有の所有物であると考える人は多い。

本書によると、日本ではこの数年で、持ち家奨励政策が転換され、「家を買える人にはどんどん買ってもらい、買えない人には“家賃を払う存在”として経済に貢献」してもらうとする選別政策が進んだのだという。さらにその転換は、長期ローンを可能にしていた長期雇用の破壊と期を一にして起きたと活写されている。

入念に描かれているのは、マンション立て替えを決定する際、住人の五分の四の賛成多数決によるとする改正区分所有法成立の経緯だ。少数派が無条件に住宅を奪われることへの危惧が繰り返し表明されている。改正法には立て替え需要を狙う財界の思惑があったという。

そもそも著者は『倒壊−大震災で住宅ローンはどうなったか』で阪神大震災によって多重ローンを背負わざるをえなくなった者の悲劇を、『子会社は叫ぶ』、『ルポ解雇』で雇用環境の劣化を描いてきた。ローン破綻によって住宅を追われた人々を追ったこの本は、それらの集大成的な趣がある。

読者としてやや違和感が残るのは、住宅というモノの確保の重要性にこだわるあまり、居住というコトの確保を保証する政策転換の有効性が著者には見えていないのではないかという点だ。所有から利用へという時代の趨勢をふまえた住宅論の視点はうかがえない。著者にとって原体験とも言える、天災によって理不尽なハンデを負わされた者の悲劇と、資産価値低下を避けるためマンション立て替えを目指す多数派に追われる者の悲哀とは、問題の位相が違ってはいないだろうか。

ただ本書は、とりたてて押しつけがましい提言を展開するわけではない。最終章は各政党に今後の住宅政策をアンケートし、読者とともに考える趣向で閉じられている。ネットカフェ難民が話題になり、住宅喪失は生存権の喪失であることを改めて思い知らされる昨今、住宅を人権の観点から再考させてくれる一冊。